BIOGRAPHY

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英洋子:12月29日生まれ。東京都杉並区出身。小さい子供の頃から絵が好きだったが、子供時代はピアノを習っていたことからずっとピアノの先生になろうと考えていた。それでも絵を描くことは好きだったので、小学校6年の時、わら半紙に手書きで漫画を描いて友達に読んでもらっていた。

神奈川県立大和高校に入学。この頃には自身でピアノの才能がないことを認識していた。高校の漫画同好会に入部したことをきっかけに、漫画雑誌に作品を投稿。雑誌に名前が載ったことから漫画家になることを意識し始める。大学受験し、国学院大学に進学。春休みを利用して描いた作品が努力賞を受賞し、小さなカットが誌面に掲載された。

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漫画家デビュー30周年記念パーティーにて (2009年5月3日)

大学1年の時に結核で入院。退院後は1年間自宅療養し、その間も漫画を描き続けた。しかし、なかなかうまくはいかなかった。漫画家になると強く決心をしたわけではなかったが、2年間休学した大学の卒業を考えると就職は年齢的に不利になると思い、大学4年の時、就職活動をやめて漫画をできる限りたくさん描いた。

そして当時創刊されたばかりの秋田書店の少女漫画雑誌「ひとみ」に持ち込みで投稿を試みて、ついに大学4年の12月にデビューが決まった。1978年12月発売の「別冊ひとみ冬の号デジール」である。

その後、「ひとみ」で何本か短編を掲載した後、『キャンディキャンディ』の原作者で知られる水木杏子先生による『プルミエ・ミュゲ』で初めて連載にチャレンジ。その後は学園ものの漫画を描いていた。その当時、『キャンディキャンディ』終了から10年ほど経っていて、イギリスのダイアナ妃が来日…しかし、お姫様を描いた漫画はもう存在していなかった。

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『レディ!!』秋田書店の文庫版とひとみコミックス版、祥伝社の愛蔵版

「ひとみ」の編集長に相談し、描きたかった『レディ!!』の連載を開始。読者アンケートで良い反響が届き、『レディ!!』は連載続投が決定された。そして間もなく東映動画(現在の東映アニメーション)からアニメ化の話が舞い込んだ。

※『レディ!!』誕生までの経歴について英洋子公認FCレディたちの
ティアラ様発行『Lady Friends』に詳しく掲載されています。

『キャンディキャンディ』のような大河ロマンの作品をさがしていた東映動画にとって、『レディ!!』はぴったり要望に当てはまった。アニメタイトルは『レディレディ!!』に決まり、TBS系列で1987年10月にテレビ放映が開始された。翌年の3月まで放送が続き、玩具メーカーのバンダイから発売されたアニメの関連商品の売れ行きが良いことから続編が製作され、『ハロー!レディリン』がテレビ東京系列で1988年5月から1989年1月まで放送された。

1991年に「ひとみ」が休刊となったことから連載中の『レディ!!』の物語もストップするかたちとなったが、描き下ろしとしてコミックスの最終巻が出版され、物語が完結する運びとなった。